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箱根で5月病 対策2

皆様

どもども。

テニスコーチ太郎で御座います。

前回までのあらすじ。

温泉で5月対策を考えた。
詳細は読んでください。

えー、それでですね。

一神教はどうでも良いんです。
結局、現在の日本人が持っている悩みを解決は出来無そうです。

そもそも、神の名を借りて、
民衆をひとつに纏め、統治する。

と言うのが、
必要だったのは砂漠と言う、仮借ない灼熱環境であったからこそですし、
唯一絶対の神という考えも、まさにそのような状況の中で生まれた考えだと思います。


日本人の悩みは、
もっと、心の奥底にあり、内面との対話をもってしてしか
解決できないであろうと思います。

そこで、もう一つの大きな流れ、
多神教で検討して見ます。

多神教というと、ヒンズー教、仏教などですが、
実はこれも、一つの大きな流れの中にあります。

バラモン教  →
↓         ↓
仏教        ↓      

ヒンズー教

時系列的に言うと、こんな感じです。

これは、インドが発祥ですが、
そもそも、インドは何十、何百?と言う言語があるように
民族も多くに分かれています。
また、砂漠あり、熱帯あり、寒い地方あり
色々でして、それぞれの地に土着の神が居りました。

そのうちに、
バラモン教が勢力を拡大します。
バラモンは司祭などをさしますが、
この時点では単一の神を祭っていました。

古代インドのヴェーダ聖典を基にしたもので、
宇宙の根本原理ブラフマンと言う考えが特徴で
他には、わかりやすく言うと、カースト制度の根本です。

で、バラモン教の次に
ユダヤに対する、キリスト教と同じように
カースト制度を批判し、出来てくるのが、
仏教で、やはりその背景はイスラム教とキリスト教の関係とよく似ていて
ヒンズーで言う神たちと、仏教の仏で同じものは多々あります。

ヒンズーは、仏教の台頭に対抗する為に
バラモン教+土着の多くの神々をあわせて作られたものです。
時系列的には若干後に出来たと考えてよいものです。

で、この多神教においても
一神教と同様に、後になるにつれて、宗教自体が単純な信仰から
社会性を帯びてくるのですが、
仏教の場合には、『悟り』と言う言葉が示すとおり、
法律や、決まり、ルールと言う変化の仕方ではなく、
社会の中で、人間がどのように暮らすと良いのか、
心の中を哲学的に分析した結果、得た知識であり
自分の内面をどのようにコントロールするかと言うことに
命題を置いた宗教であるとと言えます。

この点において、
仏教が我々、現代社会の悩みを解決するのに
最適の宗教であると言えます。

例えば、
世界には依然、飢餓に苦しんでいる人や大自然と日々闘っている人が大勢いて、
そういう人には、他の宗教でも良いと思います。
原始宗教でも良いと思うし、単純に海や天を神とするのでも良いでしょう。

しかし、現在の日本人の悩みと言うのもは
物理的なものよりも、精神的なものでありますから
日本人には、心の科学とも呼ばれる仏教が良い。と思われます。

いやー、長かったのですが、
やっと、仏教で5月病対策をすることになりまして、
ここから、ちょっと仏教での教えについて、
私が独断と偏見で、簡単にまとめて見ます。

長いと苦情が出ていますので、
短めにまとめますが、

原始仏教の基本原理は、

生きることは苦であるということ。

苦を逃れるために、人間は足掻く、
例えば、空腹が苦しい為に、金を持ちたがる。
金を持つと、いずれなくなるのではないかという不安に苛まれ、
より多くの金を持とうとする。

しかし、

世の中は無常である。
(虚しいとか言う意味ではなく、常に同じものは無い、全てが日々変化していくと言うこと。)

であるからして、
金を幾ら貯めても、安心は得られない。

金を、どんな言葉と変えても良いわけです。
名声と変えても良いし、愛と変えても良い。

しかし、何事も永遠ではなく、
万物は常に変化に晒され、滅していく運命であると言うこと。

名声を得ても、名声を得たなりの苦労がある。
愛を得ても、それを上回る苦労が新たにあわられ、
それを解決する為により大きな苦を背負わなければならなくなる。

これが、基本です。
なんとなく、諦めの境地に達しているようにも聞こえますが、

苦の消える瞬間は無い。

と言うのが、基本です。
その上で、生きていこうと言うことなんです。

怒ると言うことは、自分は苦から逃れ、幸せになれるという
根拠の無い妄想の上に成り立ち、
根拠の無い妄想が破られることにより発生するものなのです。

恋人に別れを切り出されることもあるでしょう。
リストラにより、定年まで同じ会社に勤められないこともあるでしょう。
子供が思ったとおりに育たずにろくでなしになってしまうこともあるでしょう。

永遠の幸せは無いのです。
勿論、悪いままでもない。

ただ、生まれたものは、いずれ滅する。

という、事なのです。

いや、あのですね。
これって、すばらしく的を得ていると思うんですね。

まったく事実ですよ。
金を持っている人が幸せに見えるかというと
そんなことないし、
いまどき、よっぽどの馬鹿じゃない限り、
金だけで幸せになれるなんて思っていないと思います。

愛だけでも駄目で、愛にも永遠は無いというのも、
皆わかっているわけです。
仕事もそうで、努力だけで、結果が出るなどと、
本当に思っているとしたら、それは馬鹿です。

しかも、手に入れても、それは永遠ではないのです。

でね、私は思ったのですが、
幸せがあるとして、それが永遠ではないとしたら、
逆説的に言うと、将来のために何かを考えるよりも

常に、いま、この瞬間を大事にして、生きていけばいいのではないか。
そして、何かを手にして、それが失われることにおびえず、
むしろ、幸せは誰かにあげてしまうことにしよう。

この体が滅するまで、
愛も金も、
兎に角、手の中にあるものを全て誰かに与え続ければ良いのです。

無常を嘆かない、むしろ、
自分で常に動かし続ける。
こういう生き方ではどうだろう。

いうなれば、常にチャレンジし続ける、
そして、何もかも、惜しみなく与えるのです。

自画自賛ですが、これはすばらしいアイデアですよ。

通じてる?
いや、通じてないかもしれないが、
これは真理です。

考えてみれば、
結婚なんてしてから、気持ちのテンションずーっと下がりぱなしですもんね。
そこで、子供を生んで、で、その子供が大きくなって、孫が生まれて
そういう中で、お互いの男女の愛情は薄くなっても、
その代わりに、信頼関係や、人としての愛情が
大きくなってくると言うことです。

こういう風に、無常を認識し、常に新しい何かを生み出し続ける。
釈迦のように諦めて、『無理ジャン。』みたいに諦めな感じじゃなく
(諦めてなんかないという、解釈もあるでしょうが…)

常に、自分の希望や、社会環境を丸めて捏ねて、大きく常に動かし続ける。

これこそが真理じゃないでしょう。

で、私が少年に言うべきことは

仕事が辛いのも、今だけだ。
仕事を覚えれば辛くなくなるし、むしろ辛いから仕事を覚えていると言えるのだ。
辛くても、大学にいかせてくれる制度があれば行って、
海外工場が立ち上がるなら、何でも良いから手を上げてチャレンジするんだ。
常に自分を動かして、何処かに落ち着くなんて、病気になるか、死んでからで良いんだ。
その会社で得られるものが無くなれば、転職だってバンバンすれば良いんだ。
時代遅れのルールに縛られるんじゃない。

チャレンジと変化こそが人生だ。

ということを、言おうと。

で、面談したんですが、
全然悩みも無く、順調で、仕事も楽しそうでして
むしろ、

『いい加減、落ち着けよ。太郎。』

と言われ、逆に諭される始末でした…

それでも、折角考えたので、飯食いながら
俺の真理を話しましたが、

『…落ちは?』

と、言われまして、聞いてもらえず、
遠くにいる彼が好きな子の話とか
そっちのほうが、重要なようで

彼にとっては、真理なんかどうでも良いというのが
真理であるようです。



考えてみると、
おっさんが思いついた真理を若者に伝えても、
若者はまともに聞きやしないというのも
これもまた、真理だと思います。

俺も今までおっさんの話なんて真面目に聞いたことありません。
これも真理、

どうやら、
真理なんてものは世の中に腐るほどあるようです。


テニスコーチ太郎

10位圏内に入りそうです。

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この記事

いいですね。
3回読みました。

なんか、今の私の心にしみいります。
もう一回読もう。

元気がでました。

Re: この記事

なるほど。。。

執着から開放されるってのは難しいですが…

参考になれば良いですね。


> いいですね。
> 3回読みました。
>
> なんか、今の私の心にしみいります。
> もう一回読もう。
>
> 元気がでました。
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