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カンボジア、アンコールワットを訪ねて。

自分自身が何故存在しているのか、
この問いに明確な答えを出せる人はあまりいないようだ。

生について考えきれない。
いわんや死についても同じく考えきれていない。

こういう人は数多くいる。
勿論、彼らは私に面と向かってそう語りかけるわけではなく

日々を酒におぼれすごしたり、
常につまらなそうな顔をしていたり、
何かを埋める為に出世や金などに固執したり、
刹那的な感情に身を任せていると言った
それぞれの人生への姿勢でそれを私に伝えてくる。

これはいったい何故なのか。

私はこれに疑問を持った。

私は馬鹿である。
人生について、そう深く悩んだりはしないし、辛い事というのもない。
有るとすれば二日酔いの時や、禁煙している時くらいであり、
その他に辛い事など早々あるものじゃないと思っている。

これは私の考えであり、
他の人がどう思うかは分からないが
常に思っていることをここで書き出したい。

人は何故生きるのか。
この問いは愚問だ。

理由などなく、生まれてきてしまったのだ。
だから、生きるしかなく、生き続ける事こそが理由なのだ。

いや、これじゃ意味が分からないかもしれないが

私は今回アンコールワットの遺跡を見て、考えを深めた。
遺跡群に沈む、夕日をみて、自然の悠久さを確かめて
この感覚を強くした。

自然を前にして、人間は圧倒的に無力である。

勿論、人間は自然を破壊しており、今後も破壊するだろう。
しかし、自然は人間が滅んだ後にも、姿を変え、形を変え、
何らかの形でこの地球上に残る。

アンコールワットの遺跡を前にし、その美しさに見とれ、
上古の昔に思いを馳せると同時に
私が持った感情は、上古の人たちへの哀れみと
人間への切ない感情だった。

彼らは何かを残したかったに違いない。
生きた証を永遠に残して、自分の存在に意味をつけたかったに違いない。
あるいは、巨大で美しい都市を作り、人々の心に永遠に刻み付けたかったのかもしれない。

しかし、結果は違う。

この遺跡群はある時代に捨て置かれ、人々に忘れ去られ
フランスが発見するまで、ジャングルに埋もれていたのである。

人間が作った物で当時の形を残しているものは何もない。
変わらないのは、夕日と自然だけであり、
都市は朽ち、影も形もなく、
今は形を残している遺跡郡もいずれは砂となる。

物や名声、繁栄を永遠に残す事は出来ない。
そもそも、理由があるから、生まれるのである。
生まれてからむりに生きている理由を作りだす事は出来ない。
これが事実なのである。

であれば、我々は何を残すことができるのか
何もないのである。我々は何も残せない。
死んでしまえば、何も残らない。
無である。

だが、ここで動揺してはならない。

だからこそ、今を精一杯生きるしかない。
後悔しない生を続けるしかない。
だからこそ、刹那的になったり、
酒におぼれて時間を無駄にしている時間はない。

生きるつづける事こそが生きる理由であり、
生をつなぐ事こそが生きる理由である。
後の世代に、生き様をみせると言うと大げさだが
生き抜く方法を伝えるのだ。

連綿と続く、人間と言う生き物の歴史は、
まさに多くの人の生き抜く方法を蓄積し、
それを展開し続けた結果、今がある。

勿論、子を残す事は生をつなぐことであるが、これだけではない。
子供がいない人も、一人では生きていけない子を助けるための
ボランティアをしたり、色々できる事はある。

自分の家系を1000年さかのぼると、
先祖の数は5兆人を超えると言う。

彼らが子を育てたお陰で、貴方はこの世に生まれる事ができた。
つまり、5兆人の生の結晶が貴方なのだ。
これは遺跡を残すよりも、ピラミッドを作る事よりもはるかに偉大だ。

勿論、彼女がいない人、彼氏がいない人もいるし
結婚したくでも出来ない人も要る。

しかし、もし、近くに子育てで悩んでいる人がいたり、
親をなくした孤児がいたり、死にたくなっている人がいたら
躊躇なく手を差し伸べるべきだ。

それは、貴方が酒におぼれたり、刹那的に楽しんだりする事よりも
よっぽど素晴らしい事であり、
貴方自身も潜在的にそれを感じ、喜びを感じるに違いないからだ。



いや、今日も男前に語りすぎましたな。

で、そうは言いますけども
最近の若者は潜在的にそう思っているのか分かりませんが
結構たくましくて、旅行中に多くの日本人の若者と知り合いました。

バンコクからアンコールワットへのバス車中、12時間を寿司詰めにされてもへこたれない若者達。
皆礼儀正しいが、無鉄砲で逞しい。
泊まった安宿にもいて、その数は圧倒的に日本人が多かった。

その心意気やよし、と思う。

また、現地で俺の専属トゥクトゥク運転手をしてくれた、
カマルは腹が減ると勝手にレストランに入り、
自分の分まで俺にはらわせようとする悪いやつで有るが
呼んでもいないのにホテルまできて、
俺を案内すると言い出し、最後にちょっと払ってやろうとしたら
今日は、俺が無理に行ったのでガソリン代だけでいいといい
1日、5ドルで案内してくれるという、ちょっと変わったやつだった。
隙さえあれば、家に帰ってしまい、奥さんと過ごし、
あとで、セックスしていたとげへげへ笑うようなやつだが、

また、その心意気もよし、と思う。

セックスしまくって、子供を残して欲しいと思います。

そして、私も彼らに負けずに
まだまだ一人に縛られずに色々セックスしまくりたいと思いました。

要するに、長かったが、生きるという事は、
貴方自身が存在し、食い、セックスすると言う事である。

むろん、これだけではないが、これがないと人生とは呼べない。
また、回数や量が多ければ良いという事でもないのは言うまでもない。

シンガポール太郎


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最後の写真きれい

近頃まさに刹那的になってました。
いけません。

一人旅、いいですね~。
脳みそがすっきりするみたい。
太郎さんの男前語り、ダイナミックでいいと思います。

結婚なんてちっぽけなことなのかも知れないと思っていても
やっぱり結婚したいって思うのって何ででしょうかね。
周りや世間の風潮に流されてるのかな?

Re: 最後の写真きれい

みすずきんさん

結婚ですかー
結婚は好きな人とするもんで、
好きな人がいないとできません。

結婚あり気じゃなくて、
一生好きでいれる人を探すのが難しいんです。

女性はあせりますが、
最近は男性も20代で進んで結婚したいと言う人はまれですしね。
あせらないほうがいいと思いますよ。

> 近頃まさに刹那的になってました。
> いけません。
>
> 一人旅、いいですね~。
> 脳みそがすっきりするみたい。
> 太郎さんの男前語り、ダイナミックでいいと思います。
>
> 結婚なんてちっぽけなことなのかも知れないと思っていても
> やっぱり結婚したいって思うのって何ででしょうかね。
> 周りや世間の風潮に流されてるのかな?
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