スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

共生するということ。

悟りを開いたシンガポール太郎です。
南無阿弥陀仏。

日本が休みで、昼休みで暇なので、日記でも書きましょう。

今日も私が皆さんに説法をしたいと思います。
ゴホン!俺のマイオピニオンを聞け。

この間、ある社外研修みたいなものを受けたんですね。
それで、その中で物事に対する判断力を鍛えると言う研修があったんです。

物事を判断する際、
コインに裏と表がある様に、ある一つの事実であっても、
その見方によりましては、全く違って捉えることが出来る。
てな事です。

次のような話がありましたので、ちょっとご紹介しましょう。

ある真面目部長の同期社員(セクシー部長)と不倫に悩んでいる
真面目部長の部下女性がおり、見かねた真面目部長はその女性を説得し、
セクシー部長と話をつけて
不倫関係を解消する手助けをしてあげました。

しかし、それを見ていた新入社員の一人が食ってかかってきて、

「真面目部長!そんなことをしたら、セクシー部長がかわいそうじゃないですか?!」

真面目部長は一瞬、「常識のない奴だ」と思いましたが、
よくよく話を聞いてみたら、その新入社員の言うことにも一理ある。

せっかく家庭のもやもやから解放されて、愛する女性を見つけたのに
他人の意見で引き離されたとしたら、彼は少なからず傷ついているに違いない。
だとすれば、自分は部下を助けて、セクシー部長を傷つけた事になる。
色々な重圧がのしかかり、家庭も問題が多い世代でもある。
社会常識的には許されない事だが、セクシー部長の気持ちも良くわかる。

上記のような問題が、
実際に企業の管理者研修会で議論されているという話を聞きました。

不倫関係は会社が管理するべきことなのか、
実際には不倫が企業業績に与えるマイナスの影響など、
無いのではないか。個人の問題ではないか。

など、色々な考え方をもっている方が居るようです。

この問題。

根源にあるのが、我々の「世界認識」の問題ということのようで、
西洋近代の考え方は、「生存競争の世界」といった見方になるようです。

すなわち、全ての人間は自己の利益だけを考えて生きているという見方です。
その見方はまさに「弱肉強食」です。

強いくもは弱い蝶を捕食して生きる。

つまり、社会的に弱い女性は犠牲者だといった見方です。
セクシー部長は悪者です。
もしくはその逆で、部下の女性が強者で、
旦那を取られた奥様が弱者と言う事になります。

ところが、仏教では見方が違ってくるとのことです。
仏教はこの世界を「共生の世界」と見るとのことで、
あらゆる生き物が互いに助け合い、
共に生きようとしている世界だと認識するようです。

もちろん、そこには捕食の関係があり、
くもが蝶を捕食し、ライオンがシマウマを捕食する、
セクシー部長がウハウハである。

それはその通りです

が、それは「弱肉強食」ではなく、仏教においてのそれは、
蝶がくもに、シマウマがライオンに自分の命を布施していると見るとのことであり、
部下もセクシー部長を好きで、彼を癒そうとしているだけである。

じつは、捕食者のライオンがいないと、シマウマは増えすぎて、
いずれ草は食べつくされて、食糧不足になり全滅する。
そして、セクシー部長はその部下とそういう関係になら無かった場合には
有能な他の部下を愛人にしてしまうかもしれない。
行き詰ってしまえば、部の人間関係や業績にも影響があるかもしれない。
だから、シマウマはライオンに助けられて生きている。
部下もセクシー部長に助けられている一面もある。

仏教ではそのような認識となる。

不倫関係においても、

どちらかが犠牲者である。

と言う見方は捨てる必要があり、
ある一定の期間においては、
セクシー部長も部下も、相互に何かしらの足りない部分を補完しあい、
お互いを必要とし、共生している関係で有ったと言えます。

そして、社会道徳的には許されない事で有ったとしても、
それはある一面においては正しい。
その点から考えるに、新入社員の意見にも一理あるという考え方のようです。

同じ事象でも違った角度から眺めると、
いろいろな見方、考え方が出来るよい例のように思います。



この文章を読んで、

『おー、一理ある!太郎も良い事言うわ。確かにそうだわ!』

と思った人がいらっしゃいましたら、
今すぐ俺にメールをくれ。

貴女はすばらしい女性だが、騙されやすい。

いや、あのですね。
今まではもっともらしく書いてましたけど、

俺はそんなもっともらしい話には騙されませんよ。

この研修はほんと頭がおかしい。
何が仏教では共存だ。馬鹿じゃないの?
駄目なものは駄目なんだ。このたわけ。

俺はこの話を聞いた時にすかさず言ってやりましたよ。

『あの、その話は独身女性と既婚男性が恋愛して共生とかって
言うことですけど、×1、子持ちの俺はこの話にどう絡むんですか。』

って、聞いてやりましたよ。

そしたら、相手の人は

『ば、×1、子持ちか…×1、子持ちは絡めないな。この話には。』

何故に絡めない? 死ねというのか!

もう、私はこれに憤慨しましてね。

本当はお前がそのセクシー部長とやらじゃねえのか!? このやろう!

いや、この例題は判断力を鍛える、違ったものの見方を持つと言う研修なのですが、
セクシー部長は奥さんも居て、部下のピチピチを身も心も、おもちゃにしているという
想像が膨らんで、俺は何故そこに絡めないのだ。共生できていないではないか。

と言う、憤りですよ。

それで、

『じゃあ、俺は何処の話に絡めばいいんですか!』

と言う話をしたら、一緒に参加した人から、

『セクシー部長の奥さんを狙ったらどうだ。』

とか言われたんで、
頭にきて

『そりゃね、セクシー部長はそんなにもてるんですから、セクシー部長の奥さんも可愛らしくて美人なんでしょうよ。
好きですよ。そりゃ、そういう奥さんは好きですよ。二回言いましたけど。
だけど、何故に俺がセクシー部長のおこぼれを狙うようなせこい事をしないといけないんですか、
そんな真似は出来ない!
本来は、先に俺がセクシー部長の奥さんと相思相愛になって、それでってんなら、そりゃ仕方ないと思いますよ。
でも、先にセクシー部長が不倫して、それで俺がって、順序がおかしいじゃないですか、順序が!
俺はこじきじゃないんですよ。ええ!
大体、あなたね。奥さんを狙えって簡単に言うけど!そんな簡単じゃないんだ!実際は!』

と、まくし立ててやりましたよ。

もはや理屈ではない。プライドの問題だ。

そしたら、一緒に参加した人から

『それじゃ、セクシー部長と同じじゃねえ?』



つべこべ言うな。

と言うわけで、今日も悟りましたな。

要するに、人間は自分に都合の良い理屈はこねるが、
誰一人として、自分に都合の悪い理屈はこねないと言う事です。

要するに、理屈などは全て後付なのです。

落ちはありませんが、
本日は以上です。

また、何かの悟りを得たら皆さんに報告したいと思います。

シンガポール太郎

良いですか、ここをポチッと押してください。
そうすれば、順位が上がるんです。
アイフォンとパソコンから押してください。
明日更新して無くても押して下さい。


にほんブログ村

酔っ払って帰ったら、腹が減ったと言うので神戸牛を焼きました。

ステーキ 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

ちょうど・・・

昨日帰宅してTVをつけたら、ある研究者の方が“観自在”を意識していると仰ってました。研究のうえで、物事を一方向からでは無く、様々な方向から観る様にしていらっしゃるとの事でした。今、流行りなんでしょうかね(笑)。
かく言う私も、般若心経は大好きですが(*・▽・*)☆


ただ、“人生を俯瞰する視点”が大事だとは聞きました。

例えば、1枚の真っ白い紙が有ったとして・・。
これは、そのままならただの“真っ白い紙”です。

もしその紙のどちらか片側に、“表”と書いたとしたら・・
その瞬間に、同時に“裏”が出現します。

そして、私たち人間は(と言うか、人間の“思考”ですね)、この“同じ1枚の紙”に書かれた“表”と“裏”の片側しか見ることが出来ず・・・

“表”と見えてる側は「これは“表”だ!」と主張し・・
“裏”と見えてる側は「何を言ってるんだ!これは“裏”だろうが!」と主張する・・・

でも、“俯瞰する視点”から観れば、本当はただの“1枚の紙”で有り・・
“表”も“裏”も本当は“一緒”と言う事が分かる・・・。


なので、私は常に、“双方向”を意識する様にしています(*・▽・*)☆
片方だけでは存在しない。必ず“もう片方”が有りますから☆


そして・・・これは男女でも一緒だそうですっ(テヘッ)♪

つまり・・・・

自分が存在する、という事は、必ずパートナー(もう一人の自分)が存在すると言う事ですぅぅぅ~~~~っ(*>▽<*)♪♪♪


あっ、すみません、興奮してしまいました(笑)☆

と言う訳で、来年のご来阪お待ち申し上げておりまする~~(*・▽・*)/~☆☆

玉依さん

なるほど…

深いですね。

観自在って言葉も初めてしりましたけれど、

視点を変えるって、頭では理解できるんですけど、
いざ、物事に対処するときにはなかなか出来ないんですよね。

> 自分が存在する、という事は、
必ずパートナー(もう一人の自分)が存在すると言う事ですぅぅぅ~~~~っ(*>▽<*)♪♪♪

そうなんですよ!
どこかに居ると思うんですけど、何処に居るのかわからないんですよ!

いつも、きっとこの人だろうと思ってしまう…

来年、大阪に行きます!たこ焼き食います!


> 昨日帰宅してTVをつけたら、ある研究者の方が“観自在”を意識していると仰ってました。研究のうえで、物事を一方向からでは無く、様々な方向から観る様にしていらっしゃるとの事でした。今、流行りなんでしょうかね(笑)。
> かく言う私も、般若心経は大好きですが(*・▽・*)☆
>
>
> ただ、“人生を俯瞰する視点”が大事だとは聞きました。
>
> 例えば、1枚の真っ白い紙が有ったとして・・。
> これは、そのままならただの“真っ白い紙”です。
>
> もしその紙のどちらか片側に、“表”と書いたとしたら・・
> その瞬間に、同時に“裏”が出現します。
>
> そして、私たち人間は(と言うか、人間の“思考”ですね)、この“同じ1枚の紙”に書かれた“表”と“裏”の片側しか見ることが出来ず・・・
>
> “表”と見えてる側は「これは“表”だ!」と主張し・・
> “裏”と見えてる側は「何を言ってるんだ!これは“裏”だろうが!」と主張する・・・
>
> でも、“俯瞰する視点”から観れば、本当はただの“1枚の紙”で有り・・
> “表”も“裏”も本当は“一緒”と言う事が分かる・・・。
>
>
> なので、私は常に、“双方向”を意識する様にしています(*・▽・*)☆
> 片方だけでは存在しない。必ず“もう片方”が有りますから☆
>
>
> そして・・・これは男女でも一緒だそうですっ(テヘッ)♪
>
> つまり・・・・
>
> 自分が存在する、という事は、必ずパートナー(もう一人の自分)が存在すると言う事ですぅぅぅ~~~~っ(*>▽<*)♪♪♪
>
>
> あっ、すみません、興奮してしまいました(笑)☆
>
> と言う訳で、来年のご来阪お待ち申し上げておりまする~~(*・▽・*)/~☆☆
FC2カウンター
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。